【AI法入門】マーケターが知っておくべき日本の新法とEUの規制、その影響とは?

生成AIの進化は目覚ましく、マーケティングの現場でも活用が急速に進んでいます。コンテンツ作成、顧客対応、データ分析など、その可能性は広がる一方です。しかし、新しい技術の登場には、法規制の整備がつきものです。
特に、日本国内では初めてのAIに関する法制度が成立しました。また、海外、特にEUでは、より詳細かつ厳しいAI規制が既に始まっています。ウェブマーケターとして、これらの法規制をどこまで知っておくべきなのでしょうか?
この記事では、マーケティング業務に関わる可能性のあるポイントに焦点を当て、初心者の方にも分かりやすく解説します。
日本のAI法ってマーケターに関係ない?知っておくべきポイントは?
最近、日本国内で「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(通称:AI法)が成立しました。これは、日本で初めてのAIに関する法制度となるものです。
この法律の主な目的は、AIの研究開発と活用を推進することにあります。
規制というより「応援(推進)」に近い性質
日本のAI法は、AIの提供者や利用者に対して、EUのように厳格な義務や罰則を設ける「ハードロー」とは異なるアプローチを採用しています。どちらかというと、国や政府がAI関連の政策を推進するための「基本法」としての性質が強い法律です。
「活用事業者」(AI関連技術を使った製品やサービスを開発・提供したり、事業で活用したりする者) に対しては、「責務」が定められています。これは、政府の施策に協力することや、自ら積極的にAIを活用して事業の効率化などに努めることなどが含まれます。
重要なポイントは、この「責務」規定に違反しても、この法律自体による罰金などの罰則は設けられていないことです。これは、AI技術の革新を妨げないよう配慮した結果とされています。
マーケターが知っておくべき日本のAI法ポイント
日本のAI法が直接的な義務や罰則を課すものではないとしても、マーケティング担当者が押さえておくべきポイントはあります。
- 対象となる「AI関連技術」が広い
法律が対象とするAI関連技術は、「人工的な方法により人間の認知、推論及び判断に係る知的な能力を代替する機能を実現するために必要な技術」や「情報処理システムに関する技術」など、比較的広い範囲を対象とする可能性があります。生成AIは、この定義に該当すると考えられます。 - 政府の「調査・指導」権限
法律自体に罰則はありませんが、国は「不正な目的又は不適切な方法による人工知能関連技術の研究開発又は活用に伴って国民の権利利益の侵害が生じた事案」を分析・検討し、その結果に基づいて、活用事業者等に対する指導、助言、情報の提供その他の必要な措置を講ずると定められています。「講ずることができる」ではなく「講ずるものとする」という表現になっている点に注目です。事案によっては事業者名の公表も検討されているとの報道もあります。 - 国際的な規範に即した「指針の整備」
国はAIの適正な実施を図るため、国際的な規範(広島AIプロセスなど)の趣旨に即した指針を整備するとされています。この指針に法的拘束力はありませんが、事業者の自主的な対応を促すものであり、今後のAI利用のデファクトスタンダードになっていく可能性があります。マーケターは、政府が今後公表する指針の内容に注目しておくべきでしょう。
つまり、日本のAI法は「これをやったら罰金」という法律ではありませんが、「国が推奨する使い方に協力し、不適切な使い方には指導が入る可能性がある」という方向性を示していると理解できます。生成AIの悪用(偽サイト、偽・誤情報、性的ディープフェイクなど)によるリスクは既に顕在化しており、こうした問題への対応が今後の課題となる中で、政府の動向は無視できません。
国際的な潮流!特に注意すべきEU AI法
日本のAI法が比較的緩やかな「ソフトロー」であるのに対し、EUではより厳格な「ハードロー」である「EU AI法(EU AI Act)」が既に成立し、段階的に施行されています。日本の企業にとって、こちらの方が直接的な影響が大きいケースが多いです。
なぜ日本のマーケターもEU AI法を知る必要がある?
EU AI法は、EU域内の統一ルールを定めてAIの安全性や信頼性向上を図り、利活用やイノベーションを促進することを目的としています。そして、この法律には非常に幅広い「域外適用」のルールが定められています。
- EUに拠点がない日本企業にも適用される可能性が非常に高い。
- 例:EU域内のユーザーにAIを使ったウェブサービスを提供する場合。
- 例:EU域外(日本など)でAIシステムを使用し、そのアウトプットがEU域内で利用される場合。
例えば、EUの顧客企業から依頼を受けて、日本のAIシステムを使って作成したマーケティングコンテンツ(テキスト、画像など)をEUで利用する場合などが該当し得ます。
- EU域外の提供者は、ハイリスクAIシステムをEU市場に投入する前に、EU域内の認定代理人(authorised representative)を任命する必要があります。
EU AI法の考え方:リスクベースアプローチ
EU AI法は、AIシステムをリスクの高さに応じて4つのカテゴリに分類し、リスクが高いほど厳しい規制を課す「リスクベースアプローチ」を採用しています。

マーケター直結!「透明性のリスク」
マーケティング業務で生成AIを使う際に、特に注意すべきなのが「透明性のリスク」に関する規制です。これに該当するAIシステムには、ユーザーへの「透明性」、つまりAIが関わっていることを分かりやすく示す義務が課されます。
- 対象となるAIシステムの例
- ユーザーと直接やり取りするチャットボット。
- 画像、音声、映像、テキストなどのコンテンツ生成に関わるAIシステム。
- 人物など現実世界に実在するものに酷似させたコンテンツ(ディープフェイク)を生成するAI。
- マーケターが知っておくべき具体的な義務内容
- チャットボット利用時
- ユーザーが「人間ではなくAIとやり取りしている」ことを認識できるように設計・開発する必要があります(提供者義務)。
- AI生成コンテンツ利用時
- 画像、動画、音声、テキストなど、AIが生成・操作したコンテンツについては、それが人工的に生成または操作されたものであることを明示(マーク)したり、機械で検出可能にする必要があります(提供者義務)。
- 特にディープフェイク(現実の人物に似せた映像など)の場合は、それが人工的に生成または操作されたものであることを明確に開示する義務があります(デプロイヤー=利用者側の義務)。マーケティング用の画像や動画に生成AIを利用する場合は、注意が必要です。
- チャットボット利用時
「汎用目的AIモデル(GPAIモデル)」への規制
ChatGPTのような様々なタスクに使える生成AIモデルは、EU AI法では「汎用目的AI(GPAI)モデル」として定義され、AIシステムとは別に、モデルそのものにも直接規制がかかります。
GPAIモデルの提供者には、学習に使用したコンテンツの詳細なサマリーを一般に公開する義務などがあります。これは、基盤モデルを提供・利用している企業にとって重要な義務です。
違反するとどうなる?高額な罰則
EU AI法に違反した場合、違反内容によっては非常に高額な制裁金が科されます。
- 許容できないリスクのAIの禁止に違反した場合、全世界年間売上高の7%または3500万ユーロ(約50億円)のいずれか高い方
- その他の義務(ハイリスクAIの要件や透明性義務など)に違反した場合、全世界年間売上高の3%または1500万ユーロのいずれか高い方
いつから適用される?既に始まっている規制も
EU AI法は2024年8月1日に発効しましたが、全ての規定が一度に適用されるわけではなく、段階的に施行されます。
- 2025年2月2日:許容できないリスクを伴う「禁止されるAIの利用行為」に関する規制が適用開始。
- 2025年8月2日:GPAIモデルに関する規制が適用開始。
- 2026年8月2日:ハイリスクAIや透明性義務など、残りの多くの規定が適用開始。
既に一部の規制は始まっているという点を認識しておくことが重要です。適用開始を待ってから対策を行うのでは遅い可能性も指摘されています。
今、日本のマーケターができること
AI規制はまだ新しい分野であり、特にEU AI法については今後もガイドラインの整備が進められます。法規制の全体像を把握した上で、マーケターとして今できることをまとめました。
自社のAI利用状況を把握する(AIマッピング)
現在、そして今後、自社のマーケティング活動でどのようなAI(特に生成AI)を、どこで、どのように使う予定があるか、まずは洗い出しましょう。
EUとの関連性を確認する(域外適用分析)
もしEU域内のユーザーや顧客との接点がある場合や、AIシステムやそのアウトプットがEU域内で利用される可能性がある場合は、EU AI法への対応が必要になる可能性が高いです。弁護士など専門家に相談を検討しましょう。
EU AI法の「透明性義務」に特に注意
もしEUとの関連性があるなら、生成AIを使ったコンテンツ作成やチャットボット利用における「透明性義務」(AIであることの開示、人工生成コンテンツのマーク表示など)を特に理解し、対応を検討しましょう。
日本のAI法は「協力」が中心、政府動向に注意
日本のAI法は、現時点では直接的な規制よりも国の推進・協力要請が中心です。ただし、不適切な利用があれば政府の指導対象となる可能性はあります。今後公表される指針なども確認し、国の推奨する方向性を理解しておきましょう。
法規制の有無にかかわらず、倫理的かつ責任あるAI利用を心がける
法的に義務付けられていなくても、生成AIをマーケティングに利用する際は、不正確・誤解を招く情報の作成、偽サイトやディープフェイクの作成・利用、著作権侵害など、倫理的に問題のある行為は避けるべきです。これは、企業としての信頼性を保つ上で非常に重要であり、将来的な日本の法規制の方向性(政府の指針や指導)とも合致していくと考えられます。
常に最新情報をチェックする
AI技術も法規制も進化し続けています。特にEU AI法は、具体的な義務の解釈に関するガイドラインや、GPAIモデルに関する行動規範などが今後も整備・公表される予定です。継続的に最新情報を収集し、自社の対応をアップデートしていくことが重要です。
AI法に関するよくあるご質問(FAQ)
まとめ
生成AIの活用はマーケティングの可能性を大きく広げますが、同時に法的なリスクも伴います。日本のAI法はまだ基本法の段階ですが、政府による指導・助言の可能性はあります。そして、EU AI法は、日本の企業であっても「域外適用」により直接的な義務と高額な罰則を課す可能性があるため、特に注意が必要です。
これらの法規制を正しく理解し、特に透明性や責任ある利用といった観点に配慮することで、リスクを抑えつつ、安心して生成AIをマーケティングに活用していきましょう。AI法は進化中であり、常に最新情報をチェックする姿勢が求められます。
本記事(および本FAQ)に記載されている内容は、AI法に関する一般的な参考情報として提供するものであり、法的な助言を目的としたものではありません。法律や規制は変更される可能性があるため、最新かつ正確な情報、あるいは具体的な法的判断については、必ず法律の専門家にご相談いただくか、関連省庁の公式ウェブサイト等でご確認ください。